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父のハイウェイカード
 2006.02.16 Thu
2001年の5月に肺がんで亡くなった父は
その1ヶ月ほど前に
5万円という最高額のハイウェイカードを買った
年末に生まれたばかりの初孫の顔を見に
我が家へ通って来るためだ

一般道なら1時間弱
高速料金700円でたった十数分の時間差を惜しむ父
母は苦笑していた

結局、父はそれを2往復分使っただけでこの世を去った

あの日
容態急変の知らせを受けて駆けつけた私たちは
父がもどかしがったその距離に阻まれて
最期に間に合わなかった

形見分けでこのカードは私のものとなった

それ以降
遺影になった父と
残された母
寝たきりの祖母
が待つ実家へ行くときは必ず使った
実家以外へも
子と一緒にこのカードを使って行けば
父が孫と作るはずだった思い出を埋め合わせできる
ような気がした

我が子と父が同時にこの世に存在したのはほんの5ヶ月だったが
生まれ出たばかりの命も
来るべき死を見据えた命も
ともに
生きることがすべてという時を刻んでいた

直前まで自力で立ち歩き
ふらふらと母にもたれるようにして息を引き取ったという父は
自分が死んだことをいまだ知らぬまま

ような気がしてならない

時は流れ、巡り来る5月
残り少なくなったカードは
最後の日付を一周忌に刻んで
その役目を終えた

                        初稿 2002,4,15





                        
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23:00:51 | 未分類 | コメント(0)
TUNING
 2006.02.17 Fri
はらつてもはらつてもふりはらつてもまとはりつくやうなすがたはみえぬくものいとのやうなせいでんきのいとくずのやうないつもすつかりわすれてゐるとふとくびすじにふれてきてそのあることがおもひだされるつめたくはなくかたくもないしだからやさしいわけではなくてむしろそれはすこしつらいほどだからわすれたいとおもつてゐるときにかぎつてずつとあれやこれやとうるさくするのでそれならつまんでやらうとおひかけるおやゆびとくすりゆびのさきをするりとにげかくれどこかにいきをひそめてしまふのがなんともくやしいくせにどこかでこれでよいとかんじてしまふのはどふいふことだらう


      幼い頃
      風呂場で頭を洗うのが怖かった
      目を閉じている間
      何かの気配をいつも感じていた
      煌々と照らされた明かりの下で
      まぶたの中に作り出された闇に怯える裸の子ども
      気配はいつも
      背中で感じた
      「せむし」ではなく「ねこぜ」の頂点
      天使なら羽根の生えるあたりに
      異界へのアンテナがある
      幽霊も祟りも信じない大人になったが
      そのアンテナが捉えようとしていたものに
      私は随分と
      育てられたような気もしている


ひだりめのなかのりゅうはすこしずつおほきくなつてひだまりをみつめるしかいをみをくねらせてよぎつてゆくそのあたまがこちらをみたりあちらをむいたりするのをしらかべにおひつめてめをこらすとしみるあかるさになみだがあふれておもはずまばたきがにどさんどよんどごどろくどとめのなかをかきまぜるからおどろきあばれてりゅうがどこかへすがたをかくしてしまふとなんだかすつかりなんでもはつきりみえてしまふのがあんまりきはづかしくてこんどはゆつくりのまばたきでようすをうかがふしかいのなかにおもひがけずななめしたからゆらりとそのひげのさきをのぞかせるのがこしゃくなのだ


                        初稿 1995,10,11





              
23:28:11 | 未分類 | コメント(0)
空白の時
 2006.02.18 Sat
幼い頃私は、よく時が止まるのを感じた
時がよじれる
時の流れが途絶える
時に隙間があく
何と表現してもかまわない
あの一瞬の空白

それは必ず、家の一番奥にある階段を降りているときに起こった
特別な降り方をするわけではない
急ぎもせず、さほど注意深くでもなく
むしろわずかな緊張感さえ慣れにすっかりくるまれたときに限っていた

全部で14段、手摺はない
人が二人、何とか擦れ違える幅
私はいつもその両壁に手をついて
ちょっと身を支えるようにして降りてくる
気がつけば
物心ついてからずっと
いつも同じ降り方をしているようだ

そしてそれは降りてきた階段の
ちょうど半ばあたりで起こる

ふと
目の奥が緩んで視界がぼやけ
すべての音がはたりと止む
私は何時ものようにいつものところに手をついたまま
世界のものと一緒に静止する

1秒か
あるいは
百年か

それと気付くのはいつも縛が解けてから
はっと我に返った時の
得体の知れない生々しさ
怖くはない
ただ
今何かが起こったという確信が
私の中に残される
鳥肌が立つとか冷や汗が出るとかではなく
もっと体の芯のところで
私は何かを感じ取るのだ

さらに妙なことがあって
気付くと私はなぜか
ことが起こった高さから数段降りたところにいる
自分で降りたか
いや
手も足もあの瞬間から動かした覚えはない
いかに子どもの身が軽いとはいえ
左右の足を段違いに踏み
左手は肩の辺り
右手は斜め前の壁に突っ張ったままの前のめり
一段たりともそのまま我が身を降ろせるものか

それは永くながく繋がってきた鎖のひとつが
突然外れたような空虚な衝撃に
慌てて繋がり直したための掛け違え
そう思えば
私一人には深く合点がいった

立ちくらみだと母は笑ったが
私の中に残る
この確かな感覚
不思議なことの何一つ起こらなくなった日常からときおり抜け出して
あの空白の瞬間に戻ってみたい衝動が
時々私をせつなくさせる

                        初稿日不明





00:55:02 | 未分類 | コメント(0)
命題
 2006.02.18 Sat









      命より大切なものは何だろう

           命の次に

       大切なものは 何だろう

                        初稿日不明











01:30:30 | 未分類 | コメント(0)
イクチオステガ
 2006.02.18 Sat
私たちは遠い昔、海で暮らした命の末裔だ
死んだら海に還りたい
いつからか私はそう願っている

私の中を巡る体液
流れ出る血液
また汗

体の中にはこんなにたくさんの水があるのに
皮膚一枚
外の水に呼吸を失ってしまう

命を生み出した水と
命を支える水
そして命を奪う水

泳ぐ
という交わり方でなければ
人はもはや海に許してはもらえないのだ

その昔、私たちはどんな罪を犯したというのだろう

                        初稿 1993,1,18





13:03:13 | 未分類 | コメント(0)
距離
 2006.02.18 Sat
あの星に行けば君に会える
そう気付いた時はじめて涙が出た

夜空の星たち
その姿は遥か昔に発せられた光
それならば今
私があの20光年離れた星から
超高性能の望遠鏡でこの地球をのぞけば
まだ命ある君が見えるに違いない
そしたら
いつも一緒にいるために
私は強く望遠鏡をしぼりながら
ヒカリノハヤサ
で君から離れ続けよう

君と私の距離は
ひとつの幸いになれるかもしれない

                        初稿 1993,1,22





13:21:14 | 未分類 | コメント(6)
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