2006.02.28 Tue
おいで その言葉 乾いたパネルに電気信号で映し出される あなたのかけら ドライアイから視神経を通って 私の胎内にすべり込む おいで ここであなたをもどしてあげる あなたの言葉に私の中のぬるい水が沁みて ゆっくりとほどけ、広がり 私を満たしてゆく 口元をゆるめるとこぼれそうで 思わず手で押さえた 目を閉じ息を止め 私の 一番深いところに迎え入れる おいで、その言葉 肌が触れあうよりも確かな感触 吐く息とともに送り出した最後の一滴をぬぐい去っても 私の中に残る 強く握りしめられた痕のような痛み いとおしい |
2006.02.19 Sun
地球が太陽をひと巡りすると一年がまわる
月が地球をひと巡りするとひと月がまわる 地球がでんぐり返ると一日がまわる 一日は24時間 一時間は60分 一分は60秒 一秒は何? 太陽 月 地球 ほら 来たね 一秒はどこ? 一秒はここ 私の中 この鼓動 初稿 1994,2,18 |
2006.02.19 Sun
見えないものに目を凝らし
聞こえぬ音に耳を澄まし 伝えきれない思いの中のほんの少しを言葉にかえて 昨日も私たちは大切な一日を終えた こうして過ぎ去った無数の一秒は 二度と戻らぬだけでなく 振り返ってもどれがどれだか見分けもつかない せめてこの一瞬をと思っても 広げた両手がつかむのは空ばかり けれど 握りしめた指は強く手のひらに触れている これが 私 これが 今 これからも ずっと 初稿 1994,2,12 |
2006.02.19 Sun
私はお酒が強くない
だからすぐ酔っぱらう それも頭痛と眠気付き 「おいしい」なんて 思ったことほとんどない でもおいしく たのしく きもちよく 言葉 には酔っぱらうんだな そりゃね 言葉には意味がある 意味はそれぞれの世界や実態を持つ から私はその言葉じゃなくって そっちに酔っぱらったことになりそうなもんだけど 「お酒」という字を見て酔っぱらったことはないんだな やっぱり言葉そのものに酔っぱらってることになるんかな のんでぇのんでぇはいてぇまたのんでぇ あびてぇあびてぇつかってぇべろべろだぁ ことばのふつつつつかよい やーめらえましぇーん でしょ? 初稿日不明 |
2006.02.19 Sun
お椀の中のあさり
口を開ききった貝の中の あの内蔵的な姿 あれがあのまま ヤドカリのするように 次の貝を求めて泳いでいたらどうしよう と思ったら あれはあのまま泳いだりはせず 小さい時は小さな貝 大きくなるに連れて貝殻も成長するそうな という話を聞いて 幼い私は 安心半分 落胆半分 二枚の鎧は身の一部 外へ出てみよう などとはツユ思わぬまま一生を終えるのね けれどある晩 夢を見た 我が身を水底に引き留める錘を脱ぎ捨て この 浮遊感 泳ぐ 実感 天啓の如くひらめく 自由という思想 かくして あさりに哲学が始まる わけないか、やっぱし 初稿日不明 |
2006.02.19 Sun
待ってる私はなさけない
待ったあげく拒絶されるとなおみじめ 誰にも顧みられない空き缶(のような怒り) 雑踏の水たまり(のような悲しみ) あ まただ 私の中の苦い澱はこんなとき 「怒り」や「悲しみ」という名札を 冷ややかに笑って引きちぎる じゃあ何と名付けてやろう 私の中のおまえを 何と呼んでも どうせ返事などしないことは分かっているのだけれど もう長いことの付き合いで 今更追い出すこともできぬ腐れきった縁に免じて 今夜もおまえの居場所を作ってやろう このままではおまえにしたって 行き場がないことくらい 私も知っているのだ 初稿 1993,10,14 |
2006.02.19 Sun
ほどけた糸を結びたい
何度でも結びたい 結んだだけでもうこれ以上 こちらに引かなくていいから ただつながっていたい あなたのそれとわたしのこれが いつか一本になる なんて思っていない それはそれ これはこれ いつまでも あの時 私がきっと強く引いたのだ あなたを確かめようとしたわけではないのに ふとよぎった不安に駆られて 思わずこの手に力を込めた この糸を結びたい せめてあと一度だけ 二度とこちらに引かないと誓ってもいい けれど もし そちらに引かれたら きっと私はこの手を離してしまうのだ 初稿 1993,9,16 |
2006.02.19 Sun
散るサクラが好きで
風のある日は よく木の下に立ってみる 吹く風ごとに枝を離れた花びらは 舞って 舞って 降り積もり 私の中に降り積もり 私をサクラに染めてゆく 風に舞い散る花びらは 降って 降って 私を満たし 足から膝へ 膝から腰へ 腰から胸へ 胸から喉へ 薄く冷たい花びらが 私をサクラに変えてゆく あと もう少し 降り積めば 全部サクラになれるのに いつも 花の散り終える方が ほんの少し はやい だから私は まだここにいるのだろう 初稿 1995,6,30 |
2006.02.19 Sun
「こどものころにかえりたい」
こどもに言われておどろいた 懐かしい時はあるけれど かえりたいとは思わない 大きくなりたいと思っていた時は いつまでたっても小さかった 大きな人に囲まれて 小さい椅子がつまらなかった 辛いものを食べた いっしょうけんめい平気な顔で 重いものを持った 手出しをされるとくやしかった 何でも知っていると言いたかったから よくウソもついた こどもの頃はよかった と思えないうちはまだこども でも もう 大きくなりたい とも思っていない かえれないからかえりたいのね わかっていてもかえりたいのね カエリタイヨ カエリタイヨ かえれないのが過去ならば 進むしかない未来とおなじ 初稿 1993,10,22 |
2006.02.19 Sun
まだ、何かになれるだろうか
次の何かに 今の私はまだ変わってゆけるだろうか 変えたくてもどうしようもなく変わってゆくものと 変えてしまいたいのにいつまでも変わりえないもの の狭間で 時が流れることだけに望みをつなぐのはつまらない これで終わりといわれることは恐ろしい 命が終わりといわれるよりもっと恐ろしい 待っていてはできないことと 待ってなくてはできないこと よく見なければ見えぬものと 見るためには目を閉じるもの すました耳に聞き取れない音 ふさいだ耳にくり返し響く声 振り上げた手で 叩けるか 次を 拳の下にあるのは 闇ではないか 初稿 1993,10,8 |
2006.02.19 Sun
「いつものように」
と言えるのは「いつも」がすでにあるからだな 今まで一度もなかったことを いつものようにすることはできない 「いつも」があるとラクだな 2回目ならば「いつものように」と言えるかな 2回目じゃだめか 2回目では「前のように」だな 3回目だったらいいかな まだかな まだ「こないだみたいに」くらいかな 4回目くらいからだな いつものようにやろうよ うん、もう4回目だもんね、いつものとおりでいいよ そうだね 4回目なら「いつものように」でいいな そこまでにに3回か むつかしいな 同じこと3回は めったに起こらない いつものように できることって けっこう少ないんだな 初稿 1993,10,7 |
2006.02.18 Sat
夜中に目を覚ました。
メガネがないことに気付いた。 いつもの場所に、この手の位置に、ない。 枕元には読みかけの本。 ああ、そういえば明かりも点けっぱなし。 と、いうことは。 この間は膝の下から出てきたし、その前は壁と布団のすき間だった。 ここかな。こっちか。あれ。 仕方なく、メガネなしでトイレに行った。 朝、やっぱりメガネはなかった。 手探りでコンタクトレンズにして、急いで着替えて家を出た。 夜、コンタクトを外してから思い出した。 そうだ、メガネを失くしたまんまだ。 面倒だから、そのままで探した。 見えない目であちこちと、寝床のまわりを這いまわる。 ない。 結局あきらめて、もう一度コンタクトレンズを入れた。 輪郭のある世界が広がって 私のメガネは いつもの場所の ひとつ 棚違いに 息を潜めていた。 初稿 1993,9,10 |
2006.02.18 Sat
遠い、ということ
届かないということ 見えないということ 聞こえないということ 取り戻せないということ 一切の可能性の消滅 悲しみや痛みでも埋められない 底知れぬ深みを隔てたあちら側 にあるものたち 近い、ということ 感じるということ 分かるということ いま思い出せるということ 心の中にいつもの場所があるということ 深層による把握 変わらぬ気配や存在の手応えを 愛しさでとらえる ことができるものたち 初稿 1993,8,6 |
2006.02.18 Sat
左手を見つめる
よく見て、右手で触ってみる ここにある 私に繋がっている これは私 右手に触られている左手の感触と 右手が左手に触っている映像は まるでひとつのもののようだ なのに私は どうしてこれを信じることができないのだろう このスキマに まだなにかあるのだ 私がここにいることと あなたにこうして確かめられることを 分かつまいとするマヤカシが まだ何か 見えなくても近い 見えていても遠い 初稿 1993,8,26 |
2006.02.18 Sat
高いところは嫌いだから
「塔のてっぺんにたった一人で立っているようだ」 と言われても 危ないなと思うのが先で 私はあなたの孤独を共有できない むしろ 人ひとりしか入れない大きさの それでいて光も声も届かない深い穴の底にいる方が 安心して孤独に専念できる 穴はすぐ埋まるけど 塔を埋めるのは大変だな そのぶん 埋まった穴はきっとすぐに忘れ去られるが うずもれた塔の上には きっと 立札が建つ「この下に高き塔あり」 どちらもきれいに埋められて あなたの足許は大地に変わるが 私の頭上は二度と出られぬ厚い天井 それも承知の上 初稿 1994,2,4 |
2006.02.18 Sat
雨の音がする
風が吹き 揺れるカーテンの音がする 人が歩く音 座る音 横たわる音 しんとした部屋で 私の鼓動 や 瞬きの音 を聞いた 動くところには音がある ならば髪の伸びる音は聞こえるか 爪の伸びる音は ここに いる 音は それは私の生きる音だ 成長と老いの音の違いを聞き分ける 音を立てて 汗や涙をにじませ 後悔を吐息でない音で聞き取れたなら 私の耳に 死ぬ音は聞こえるか 初稿 1993,1,27 |
2006.02.18 Sat
あの星に行けば君に会える
そう気付いた時はじめて涙が出た 夜空の星たち その姿は遥か昔に発せられた光 それならば今 私があの20光年離れた星から 超高性能の望遠鏡でこの地球をのぞけば まだ命ある君が見えるに違いない そしたら いつも一緒にいるために 私は強く望遠鏡をしぼりながら ヒカリノハヤサ で君から離れ続けよう 君と私の距離は ひとつの幸いになれるかもしれない 初稿 1993,1,22 |
2006.02.18 Sat
私たちは遠い昔、海で暮らした命の末裔だ
死んだら海に還りたい いつからか私はそう願っている 私の中を巡る体液 流れ出る血液 また汗 涙 体の中にはこんなにたくさんの水があるのに 皮膚一枚 外の水に呼吸を失ってしまう 命を生み出した水と 命を支える水 そして命を奪う水 泳ぐ という交わり方でなければ 人はもはや海に許してはもらえないのだ その昔、私たちはどんな罪を犯したというのだろう 初稿 1993,1,18 |
2006.02.18 Sat
命より大切なものは何だろう 命の次に 大切なものは 何だろう 初稿日不明 |
2006.02.18 Sat
幼い頃私は、よく時が止まるのを感じた
時がよじれる 時の流れが途絶える 時に隙間があく 何と表現してもかまわない あの一瞬の空白 それは必ず、家の一番奥にある階段を降りているときに起こった 特別な降り方をするわけではない 急ぎもせず、さほど注意深くでもなく むしろわずかな緊張感さえ慣れにすっかりくるまれたときに限っていた 全部で14段、手摺はない 人が二人、何とか擦れ違える幅 私はいつもその両壁に手をついて ちょっと身を支えるようにして降りてくる 気がつけば 物心ついてからずっと いつも同じ降り方をしているようだ そしてそれは降りてきた階段の ちょうど半ばあたりで起こる ふと 目の奥が緩んで視界がぼやけ すべての音がはたりと止む 私は何時ものようにいつものところに手をついたまま 世界のものと一緒に静止する 1秒か あるいは 百年か それと気付くのはいつも縛が解けてから はっと我に返った時の 得体の知れない生々しさ 怖くはない ただ 今何かが起こったという確信が 私の中に残される 鳥肌が立つとか冷や汗が出るとかではなく もっと体の芯のところで 私は何かを感じ取るのだ さらに妙なことがあって 気付くと私はなぜか ことが起こった高さから数段降りたところにいる 自分で降りたか いや 手も足もあの瞬間から動かした覚えはない いかに子どもの身が軽いとはいえ 左右の足を段違いに踏み 左手は肩の辺り 右手は斜め前の壁に突っ張ったままの前のめり 一段たりともそのまま我が身を降ろせるものか それは永くながく繋がってきた鎖のひとつが 突然外れたような空虚な衝撃に 慌てて繋がり直したための掛け違え そう思えば 私一人には深く合点がいった 立ちくらみだと母は笑ったが 私の中に残る この確かな感覚 不思議なことの何一つ起こらなくなった日常からときおり抜け出して あの空白の瞬間に戻ってみたい衝動が 時々私をせつなくさせる 初稿日不明 |
2006.02.17 Fri
はらつてもはらつてもふりはらつてもまとはりつくやうなすがたはみえぬくものいとのやうなせいでんきのいとくずのやうないつもすつかりわすれてゐるとふとくびすじにふれてきてそのあることがおもひだされるつめたくはなくかたくもないしだからやさしいわけではなくてむしろそれはすこしつらいほどだからわすれたいとおもつてゐるときにかぎつてずつとあれやこれやとうるさくするのでそれならつまんでやらうとおひかけるおやゆびとくすりゆびのさきをするりとにげかくれどこかにいきをひそめてしまふのがなんともくやしいくせにどこかでこれでよいとかんじてしまふのはどふいふことだらう
幼い頃 風呂場で頭を洗うのが怖かった 目を閉じている間 何かの気配をいつも感じていた 煌々と照らされた明かりの下で まぶたの中に作り出された闇に怯える裸の子ども 気配はいつも 背中で感じた 「せむし」ではなく「ねこぜ」の頂点 天使なら羽根の生えるあたりに 異界へのアンテナがある 幽霊も祟りも信じない大人になったが そのアンテナが捉えようとしていたものに 私は随分と 育てられたような気もしている ひだりめのなかのりゅうはすこしずつおほきくなつてひだまりをみつめるしかいをみをくねらせてよぎつてゆくそのあたまがこちらをみたりあちらをむいたりするのをしらかべにおひつめてめをこらすとしみるあかるさになみだがあふれておもはずまばたきがにどさんどよんどごどろくどとめのなかをかきまぜるからおどろきあばれてりゅうがどこかへすがたをかくしてしまふとなんだかすつかりなんでもはつきりみえてしまふのがあんまりきはづかしくてこんどはゆつくりのまばたきでようすをうかがふしかいのなかにおもひがけずななめしたからゆらりとそのひげのさきをのぞかせるのがこしゃくなのだ 初稿 1995,10,11 |
2006.02.16 Thu
2001年の5月に肺がんで亡くなった父は
その1ヶ月ほど前に 5万円という最高額のハイウェイカードを買った 年末に生まれたばかりの初孫の顔を見に 我が家へ通って来るためだ 一般道なら1時間弱 高速料金700円でたった十数分の時間差を惜しむ父 母は苦笑していた 結局、父はそれを2往復分使っただけでこの世を去った あの日 容態急変の知らせを受けて駆けつけた私たちは 父がもどかしがったその距離に阻まれて 最期に間に合わなかった 形見分けでこのカードは私のものとなった それ以降 遺影になった父と 残された母 寝たきりの祖母 が待つ実家へ行くときは必ず使った 実家以外へも 子と一緒にこのカードを使って行けば 父が孫と作るはずだった思い出を埋め合わせできる ような気がした 我が子と父が同時にこの世に存在したのはほんの5ヶ月だったが 生まれ出たばかりの命も 来るべき死を見据えた命も ともに 生きることがすべてという時を刻んでいた 直前まで自力で立ち歩き ふらふらと母にもたれるようにして息を引き取ったという父は 自分が死んだことをいまだ知らぬまま の ような気がしてならない 時は流れ、巡り来る5月 残り少なくなったカードは 最後の日付を一周忌に刻んで その役目を終えた 初稿 2002,4,15 |
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