2006.09.30 Sat
今宵 上弦の月。 あと 七日で 満月。 満ちてゆくものは 月だけではない。 |
2006.09.30 Sat
庭のアサガオ まだ 咲いている 幼稚園から帰った子ども 暑いと言って ランニングを着て降りてきた 製氷室の中 使わなくなった氷 固まっている 夫が 職場の人から 少し新米をもらった カーディガン どこにしまってあるかだけ 確認 ペットボトルに溜めた 色水のオレンジ 夕日に輝く 裏の 楡の木の 葉が落ち始め 園からのお便りに 長袖の 注文書 芋掘り 遠足 生活発表会 まもなく10月 |
2006.09.29 Fri
言葉は いつも巧妙なので わずかな隙間にすべり込む 君の言葉に埋められて まるで傷などなかったように滑らかになる私 その手触りは快感だが 注意深く進める指先に探り当てる かすかな疼き 言葉にならないものを与えてくれる人がいて それは内から私を満たす 充満する私は膨張し 傷口は底から押し上げられて平らになる その痛みもまた 言葉にはできないが そうして滑らかになってしまう と 言葉 が は が れ 落 ち て ゆ く |
2006.09.28 Thu
おもてのインターホンがなって とどけられたのはひとつのはこ はこばれてきたはこはこをはこ ぶおとこはそのくるまのなかに まだたくさんのはこをはこぼう としているところわたしのもと にとどいたはこはここでたびを おえるがほかのはこはこのさき もはこをはこぶこのおとこのこ のくるまにはこばれてゆくこと になっているとどいたはこをあ けてみるとそのなかにはまたは こがありそれをあけるとまたは こがありそのなかにもまたはこ はこをはこんできたおとこはこ れがはこばかりだとみとどける と「はこですね」とつぶやきこ のままこのはこをここにおきざ りにしようとし「ではこれで」 などといってくるまにのろうと するのでそれはこまるわたしは 「こまります」といってはこを はこんできたくるまにこのはこ をはこびこもうとするがはこを はこんできたおとこはこれをお しかえしはこのかたづけはこう してはかどらないままはこはこ のあたりにちらばるばかりはこ をはこんできたおとこはおこっ てほかのはこもおろそうとする おれはこんなはこをはこぶのは こりごりだとさけぶがはこには ばまれてよくきこえないおとこ ははこびだしたはこにかこまれ てすっかりみえなくなってしま ったもうこえもきこえないわた しははこにうもれたおとこをは こごとかかえてくるまにのせる こわいからなかはみないでその ままのせるはこをはこんできた くるまのなかはきたときよりも はこがふえていっぱいになって しまったがむりやりドアをしめ るとはこのはしがはさまってう まくしまらないいきおいつけて ばんとしめるとちぎれたはこの はしからすこしちがしたたった あせをぬぐってふとみるとはこ をはこぶこのくるまのうんてん せきにはいつのまにかべつのお とこがハンドルをにぎっている くるまはこのままうごきだしは しりさってつぎのいえにはこを はこんでゆくのだろうこれでは このおとこはなんにんめだろう とおもうとすこしせつなかった |
2006.09.25 Mon
久々ニ、本日ハ参加型。 Q : 「チッパリルッタ」について知るところを述べよ。 |
2006.09.24 Sun
まだ そこにいる ことに きづく よろこび もう そこにいない ことに きづく いたみ |
2006.09.24 Sun
庭のピーマンの枝に あと二つだけ実を残してある その根元に じろうを埋葬する 深めに掘って ゼリーの残りが載ったままのエサ台をまず置き その上にじろうを乗せ 土をかける 「天国で いっぱいごはん食べてください」 さっきじろうを持ち上げたら 口を乗せていたあたりのゼリーが小さくへこんでいた あのあと少しは食べたのか ひもじい思いだけはさせずに逝かせられたか 飼育箱の中の土を 全部あけて埋めてやる 上からシャワーで水をザアザアかけたら その中に虹が出た 「これ渡って天国に行けるんや」 シャワーを高くかざす より高く昇れるように てっぺんまで昇って まだ届かなかったら その翅で飛びなさい 大丈夫 もう 蓋はないからね |
2006.09.24 Sun
短い時間で感覚を再現する つかんだら純度を上げる 終わりまで一歩も引かない |
2006.09.24 Sun
たったひとつのこと 他にはない 私にできることは これしかない その 確かさと 心もとなさ |
2006.09.23 Sat
かるい。 さよなら、じろう。 |
2006.09.22 Fri
COUNT UP! 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15! |
2006.09.22 Fri
今夜 月は出ないのだ 今日明日と明るい地球ばかり眺めて過ごす月に 地球より遠くの夜を眺めるためのすてきな望遠鏡をあげる これで彼方を眺めれば 遠い光にしか見えなかったあの星の肌が触れられるほど近くに見えたり 憧れていた青い星が柔らかなヴェールに身を包んで決してその素顔を見せないと知ったり 赤い星のもう若くはない炎が自らを燃やし尽くそうとしているのが見えたり 中には同じような望遠鏡でこちらを覗いているのと目が合ってニヤリとするかもしれない ほら これ一本で 私に会えない退屈を二晩くらいはごまかせる こうして月をあちらに向かせて 太陽の光からもすっかり隠れて 夫も子どもたちも眠ったあとで 私はひとりで秘密のことをする あさっての夜 うす目を開けて覗いた月が 私のしたことに気付いても あとのまつり |
2006.09.22 Fri
午後5時45分 じろうかすかに肢を動かす。午後2時より、もはや位置の移動は無し。 午後8時00分 子どもが新しいゼリーをやる。口元を乗せてやると、頭と足を少し動かす。 午後10時30分 肢が幾分縮んだ気がして心配する。ちょっと動かすと、かすかに反応あり。 午前1時00分 何か刺激を与えれば動きそうな気もするが、消耗させるだけなので試すの はやめた。眠っているのか死んでいるのか、もはや見ただけでは判別でき ない。明朝、子どもが納得すれば、もう埋めてやろうと思う。 |
2006.09.22 Fri
気がつけば仰向けにひっくり返っているので 日に何度も箱を覗き助け起こしてやる 食べれば少しは元気が出るかと思い そのたびゼリーを乗せたエサ台の上に連れて行く 昨日はそこで少し食べては台から移動し うまく降りられずにまたひっくり返るという繰り返しのようだったので 今朝になってエサ台を土に埋め段差をなくしてやる 遊び木として入れてあった他の丸太も取り払い どこへ行っても転ぶことのないようにしてやる 安全になったゼリーの上に降ろしてやったが もう食べることに興味はないらしく じわりじわりと後ずさりして台の横でうずくまった 思い出したように身動きするじろうは ときどき左半身の肢を高々と突っ張り体が大きく右に傾ぐ こんなことをすれば わずかな段差があればまた仰向けに返ってしまう 注意深く箱の中を点検し 土も平らにならしてから洗濯物を干しに立った 半時ほどして戻ってみると どうやってひっくり返ったのか仰向けでもがいている 慌てて起こしてやったが またしばらくうずくまった それが なぜかじろうは何度もひっくり返るのだ どこにそんな力が残っているのかと思うほど やがて動き出したじろうは片側の肢を突っ張る まるで これでは死ねないのだというように おれは仰向けで死にたいのだというように 重い体だから 弱った肢で支えること自体がもう苦痛なのか それにしては 仰向けでもがく様がいかにも苦しそうじゃないか たすけてたすけてと空を掴む肢が なんとも哀れではないか どうしてやればいいのか分からぬまま あけっぱなしにした飼育箱を ただ何度も覗く |
2006.09.21 Thu
ジロウキトク スグカエレ。 |
2006.09.20 Wed
おやつのとき麦茶を飲みながら。 「このお茶、えーん、えーんって、泣きよったんで。 マカちゃんとお母さんに会いたかったから。」 会えたね。 「うん。だから今は笑いよるよ。うれしー、て。」 |
2006.09.19 Tue
びにいるのなかのさかな の目に映る売り場の明かり その明かりもて 照らせ魚の内部を 外からは窺い知れぬその濁った目の奥に どんな宇宙が終了したのか 閉じられぬその瞳の中に どれほどの無限が広がっていたのか 顔を寄せた君は その瞳が実は小さなブラックホールであると知る と同時に抗いようもなく 君は目からその穴に吸い込まれ きれいにつま先まで吸い込まれ 売り場の床に ただくたびれたサンダルだけが残るのだ 大いなる魚の内なる宇宙に旅立つ前に 君はこの世の見納めと 魚の瞳の内側からこちらを覗く そこから私が見えるでしょう 君を魚に奪われて あのとき どうしてこの手を離してしまったのか 君のつま先を どうして黙って見送ったのか けれど遺された私には 何より大切な仕事がある 君の旅立ちを誰にも邪魔させないために その秘密が誰にも取沙汰されないために 私は涙も見せないで いかにも平気なふりをして 散らばった君のサンダルを拾い 持っていた紙袋に速やかに片付けて 何もなかった顔で売り場を後にするのです |
2006.09.18 Mon
律する あるいは バランスをとる しょっぱいなら砂糖を入れる 甘すぎるなら塩を入れる 濃すぎたら薄めればよい 薄ければ煮詰めればよい だから 私の料理はいつも味が安定しない 偶然 絶妙の味になる なんてこともない まんま 生き方も。 |
2006.09.18 Mon
いいことがいくつか続くと ちゃんと悪いことが起こる そのかわり 悲しみに沈んでいる私を 小さな喜びが引き上げる 良いも悪いも ただそればかりでは見逃すことがあると 気付かせるために 何者が仕組むのか あるいは 自分が種をまくのか |
2006.09.18 Mon
季節が変わりゆくことを いつもより細やかに感じている 咲き残るアサガオの まだ次のつぼみがたくさん用意されていることや 飼っている夏虫の寿命が思ったより長いことや 約束したまま「あと1回」が果たされない花火の残りや 晴れ間にはまだ遠くで蝉が鳴くことの合間に 忍び込む次の季節 の柔らかな触手 無造作に夏の名残をかき集めていると その触手の先がするりと指先に触れる 捉えようとするとどこかに逃げてしまうのだが それは確かにこの後ろ側に身を縮め こちらの気配を探っている ビニールプールや水鉄砲を片付けながら しまい込む物置の薄暗い隅に 黙って秋を潜ませてやる |
2006.09.18 Mon
ずいぶん待ったのだけれど 少しも色が変わらない 何かのはずみでひと枝折れたのをきっかけに 庭のカラーピーマンを収穫した もう大きさは十分で 重そうだけど大丈夫かなと心配していたところだから 触れてみると少し硬いようだけど 初めて育てたから具合が分からない 柔らかな薄緑の光沢を 大切にハサミで切り落とした 一度に8つもあったので 毎日ひとつずつ食す 調理してみると肉厚の上ほのかに甘い 子どもの評判は上々で カラーとはこんな色のことだったのかと思っていると 変化は突然起こるのだ 3日目の朝 子どもが見つけた テーブルに転がしてあった残るピーマンの ヘタのあたりにかすかな紅が差している 「ねぇ ちょっと置いとこう」 今日はそのまま要観察 次の日 紅は一段と増し 夕刻までになお色づいた 「きれいだねえ」 本日も鑑賞のみ 翌朝 筆で掃いたように美しい朱が 体の半分位まで広がって 誰も食べることなど口にしない 摘み取られてなお全力で熟れてゆく 果実の気迫のようなものに なんだか手も足も出せないのだ 今夜ここで数回目の夜を過ごす そのひんやりとした静かな手触りの中に この瞬間も 激しく動き続ける力がある 知ってしまうと まるでその体から 音が聞こえてくるようだ |
2006.09.16 Sat
お古だけど 使えたらどうぞ 要らなかったら 捨ててね 近所のお姉ちゃんの母上から譲られたパジャマに うれしそうに袖を通す子ども 着てみるとやはりサイズが大きい 袖口も足首もくるくると折り上げ それでもご満悦 ピンクのくまさんだね かわいいね うれしー 翌朝のベランダ ひるがえる洗濯物に ピンクのくまも仲間入り 干す時は気付かなかったが 午後 取り込んだものをたたむとき そのパジャマから ふと 香る 違う洗剤の匂い ピンクのくまはまだ 我が家に引き取られたことに 納得が行かないようだった |
2006.09.15 Fri
ぞんじーぞんじーぞんじーぞんじーぞんじーぞんじーぞんじーぞんじーぞんじーぞんじー ざ ざ ざ ざ ざ ざ ざ ざ ざ ざ ピグモンピグモンピグモンピグモンピグモンピグモンピグモンピグモンピグモンピグモン どむ どむ どむ どむ どむ 今夜の食器洗い機の四重奏。 |
2006.09.15 Fri
あなたに対して私はいつも たいそう本気で腹を立てる 腹を立てる時は本気でないといけないと いつも思っているからだ あなたが喜んでいるのを見ると 我慢していても頬がゆるむ 小さな体に収まりきらずはみ出した喜びが ぱちぱち弾けてこそばゆいからだ あなたの鋭い勘を私は知っている だから 喜びも怒りも悲しみも 掛け値なしで伝えたい ありのままで分かち合いたい あなたが私にくれたいくつもの出来事に 今日も真剣に心揺らすことができたと思う ありがとう 目を覚ましたら この幸せをあなたと分かち合おう |
2006.09.14 Thu
やるべきことは多いが できることはどれほどもない こんな思いを何度繰り返してきただろう 進むほどに道のりの遠さを知る 重ねるほどに不確かな足許に迷う けれど たどり着かなくて 不十分だから 今日も私はそれを目指すことができる いつか 終わりのない物語から 言葉のナイフひとつで私を切り抜いてみせる |
2006.09.14 Thu
カブトムシのじろうから眠りが消えた 暑い間は昼間姿を見せることはなかったのに 今月に入って 昼も夜も土に潜ることはなくなった 瞑想とは仮死の状態です だから瞑想をたくさん積めば 本当の死が先送りされ 限りなく延命できるのです 怪しい宗教家の言葉がふと思い出される 眠りを失ったじろうは残る命を急速に消費してゆく エンデの小説に 遅く歩くほど速く進むサカサマの世界があった 少女は追っ手から逃れるためになおゆっくり進み それを追う灰色の男達は スピードを上げるほどに引き離された 数日前から左の中の脚が麻痺してしまったじろうは たどたどしい歩みでのろのろと餌場にのぼる その餌も おととい昨日と食べ残した 全ての生命活動を減速することで 加速する死への移行 それでも 死ぬまでじろうにはじろうの時が流れ 死によってそれが私達に手渡される その瞬間 この掌に受け止める 命 の 感触 |
2006.09.14 Thu
思うようにならないことも含めて自分なのだと気付き始めて 思わぬことが起こること自体を楽しめるようになった 必要があれば上手にだまされることも大切だと分かった時 なおいっそう相手を信じてゆけると安心した 裏切るとか 出し抜くとか 嘘をつくとか 作為的でなくとも起こりうる不幸な事態は それだけでは もう私を傷つけることはできない |
2006.09.13 Wed
ひとりの時間を自分のために使い切ることに うしろめたさを感じる必要などないはずなのだが あまりにも自分のことばかりに集中する時間を持つと 何となく落ち着かなくなってきてあれこれ気にかかり始め 雨続きで乾きもせぬのにまめに洗濯機を回してみたり 子どもの顔を思い浮かべつつ煮込料理を作ったり 少し早めに衣更の準備をなどと思ってしまう |
2006.09.12 Tue
身体の確認 緊張をほぐし 液体化した自分をイメージする 声の確認 楽器としての身体から 最も負担の少ない声を「鳴らす」 |
2006.09.11 Mon
次へ駈けてゆく人 いつも風を連れている 強い瞳 ずっとここにいる人 必ず私の場所を用意してくれる 温かい肌 遠くへ去った人 耳のウズマキに残された 懐かしい声 今日出逢った人 互いの理由を知らぬまま 分かち合う涙 |
2006.09.10 Sun
足し算で生活をしてきた。 これができたら、次はこうしよう。 今やっていることが終わってから、後のことを考えよう。 目標ができた。 引き算で準備するようになった。 そこに到達するためには、まずこれをこなさなければならない。 今やっていることは、この辺りまでで終えねばならない。 状況を動かすためには 自分が具体的に動くことだ。 迷いがあったとして 逡巡している間は何も進まない。 本当にそこへ行きたいのなら 迷いくらいは連れてゆけ。 |
2006.09.10 Sun
降り続く雨が 私の内と外の浸透圧を同じにし 呼び合う水は境界を越えて交わり 遠い水は私の中へ 私の水は遥か遠くへ 行きつ 戻りつ 壮大な循環を促す |
2006.09.09 Sat
ここ数日 私の中で鳴り続けている唄があり その旋律が 出口を求めて体の中をめまぐるしく動く 内側から体を探られる感覚に 胎動を思い出す |
2006.09.09 Sat
「以前あなたに言われたこと」だと 君は切り出した 時を経て私のもとに還ってきた言葉は 私の中に 確かに符合する鋳型を探り当てた いつ どこで 君にそんな話をしたのかは忘れてしまったけれど 嘘をついていなくてよかったと思った 過去の君を大切にできていたことがうれしかった |
2006.09.09 Sat
ここにいたい と 思う場所があり そのことが私を 驚くほど弱く 信じられないほど強くする |
2006.09.09 Sat
こうしてあなたの言葉に時おり触れる喜びは いつまで許されるだろう いつからか これは私ひとりの物語ではなく それぞれの時間軸が互いに呼び合い 止めようもなく接点を持つのだと信じている |
2006.09.09 Sat
繰り返す 私の中に ひとつの約束を刻み付ける 忘れないように 間違えないように 時を置いて もう一度繰り返す その制約をこなし 自由になるために |
2006.09.08 Fri
響き合うために出会った 新しい人の言葉 その言葉を支える これまでの生き様 そして そこから目指す 次の自分 |
2006.09.07 Thu
会わなくても分かること 会ってみて 分かること 会ったあとで分かること 会えなくなって分かること |
2006.09.06 Wed
中学高校時代の恩師が亡くなった 担当教科は数学で 苦手な私は 人柄は愛したが授業は憂鬱だった 忘れ物や成績の咎で教鞭で生徒を叩く それがまだ当たり前の時代だった 痛かった 痛くても心は数学には向かわず 私はずいぶん叩かれた 穏やかな笑顔とゆったりした口調と なぜかぼろぼろの背広と 叱る時の厳しさのコンビネーションが絶妙で 畏れつつも信頼し わけもなく安心させられた けれどやはりその存在は怖かった 中学の3年間 毎年のクラス替えをかいくぐって 私はなぜかずっと彼のクラスだった 数学の成績は常に底辺だったので 他の科目がよくできた時でも 保護者懇談会は気が重かった 二者面談というのもあって 親と担任が私不在のところで私について話す そのシステムだけでもう既に 十代の私には疎ましかった 中学三年のはじめ 文理の進路を分ける懇談会で二者面談があり 出席した母がサバサバとした表情で帰ってきた 私の数学ができないことを悔やむ母に 彼は言ったのだそうだ 「お母さん、この子にこれ以上望むのは酷ですよ この子はこれでええじゃないですか」 報告を受けた私は拍子抜けした 見放されたように感じた 友人関係や清掃の態度やクラブ活動や 見ているはずもないことばかりほめてもらい 妙に納得して帰ってきた母が憎らしく 二人揃って私に見切りを付けたのだと悔しかった 数学の先生だから 数学の点数で私の人格を測られた 私は生涯この人に許されることはないのだと思った 心が離れた そのくせ 面と向かって話をすると 思わぬ励ましをもらったり些細な行動をほめられた だまされるもんかと思った 思いながらも あたたまった心をこっそり反芻した 社会人になり 母校で国語の教鞭を取ることになった私は 彼が主任の学年団に配属された 久々に仰ぎ見る先生の顔は 懐かしく重苦しかった 自分の担当科目には自信があったが 一番の弱点を握る人の元で 最初から否定されているような重圧を感じた 職員朝礼後の学年別朝礼 毎週の学年会 臨時の打ち合わせ 生徒との面接の報告 小テストの結果報告 この学校の先生達は 生徒についての情報交換をこんなに密にしていたのかと驚いた その度重なる会議の中で いつも彼が一番に確認するのは成績ではなく生徒の健康状態だった 行事の際には企画の内容より安全確認を 事故や事件が起こったときには 事の次第や理由や犯人探しよりけが人の有無を確認した 体調が優れず早退する生徒には手厚く送り出し 家庭との連絡を十分に取るよう指導された 預かった生徒を学校という場所で1日安全に過ごさせる 教員は ただそれだけを全うすればよいような口ぶりの時さえあった 近隣の他県からも生徒を集める進学校の学年主任が最優先させることが こんなことかと意外だった 学級担任や ましてや教科のみの担当教員では見落としがちな生徒の動向を なぜか彼はいつも指摘した 代わりにその生徒のできることを聞きたがった ちゃんと生徒を見ていなければ答えられないことで 私は時々返事に困った 授業態度が気になる生徒のことを相談すると 「この子は掃除をちゃんとするか ちゃんとするヤツは大丈夫」と言った 何が大丈夫なのか分かるまでに 私には10年の教員経験が必要だった 亡くなった知らせを受けて そんなことが次々と思い出されてはっとした あのとき 私は既に許されていたのだ 生徒としての体験と 教員になってからの経験は 接点を持たぬままずっと私の中にあった それを重ねてみる ただそれだけのことが 昨日までの私にはできなかった 生徒が「育つ」ということへの愛情あふれるまなざしを間近で見ながら それがかつて自分にも注がれていたのだと 思ってみる余裕がなかった 科目へのコンプレックスが 多くのものから私を遮っていた おまえはそれでよい と言ってくれる人を 私はいまだに探している けれどそれは とうの昔に私の傍にあり これからは生涯変わらぬ視線として 天から注がれるものになったのだ 先生の訃報に触れて初めてそれは自然に合致した 訃報を受けなければ 明日も私は気付かぬままだ 棺を乗せた車が長いクラクションを鳴らして葬祭場を出るとき 感謝の気持ちと自分の愚かさにただ涙して 私は顔も上げられなかった |
2006.09.05 Tue
中学高校時代の恩師が亡くなった 久々に顔を揃えた級友はみな十分な大人だったが 泣きはらした目で遺影に手を合わせる その横顔はみな生徒だった |
2006.09.03 Sun
昼間はどこにいるのか分からないほど 木屑の中に潜り込み眠るカブトムシ 夕刻 気がつけばいつの間にか這い出して せわしなくプラスチックの箱の中を巡り 朽ち木に昇っては飛行を試みる 狭い空間に翅を痛め落下する衝撃は 記憶としてどのくらい彼の中に留まるのだろう 屋根があることが分からず痛みの余韻をこらえて何度も羽ばたくのか 朽ち木に這い上がる頃には落下した事実を忘れてしまっているのか どちらの愚かさだろうと ひと夏中思った 朝晩が涼しくなったここ数日 彼の衰えが著しい 朝になっても姿を隠すのを忘れてエサ台の上で眠りこけていたり まだ日が高いうちにごそごそと起き出してきて徘徊したり 動きが緩慢になってひっくり返るとなかなか起き上がれなかったり プラスチックの壁を伝う前足がかすかに震えていることや そういえばもうずいぶん前から飛ぶ音を聞いていないことや すぐ傍にゼリーを与えるが 壁に向かって夢中で空回りする前足はまるで方向違いを目指す じっとその動きを見つめていた子どもは 「帰りたいんだよ 生まれたところに 帰りたいんだよ 僕にはそう聞こえる お母さんには 分からないの」と言った ここを出て 今更帰れということの残酷さを思うほど おまえもまだ育ってはいないのだ 黙って世話をしてやりなさい 「お母さんには聞こえなかったよ 毎日お世話をしているから おまえはじろうのお話が分かるんだね じろうはきっとおまえの傍が好きだよ」 飼育箱の中 全長6.5センチの老い 夏の終わり |
2006.09.03 Sun
相手の言葉を十分に受け止めながら 同時に 次の自分の言葉を十分に研ぎ澄ます |
2006.09.02 Sat
家の近くの建築現場に ミキサー車が来た 絵を描きたいという子どもを連れて 傍まで寄ってみた 作業をしている男性に了解をもらい 少し離れた縁石に並んで腰を下ろした スケッチブックを開いた子どもは 真剣な目つきで鉛筆を握りしめる レバーひとつの操作で流れ出すセメントは それを受ける機械に流れ込み ドラムの中で撹拌されて太いパイプに送り出される その均一な液体が 放置することでやがて均一な固体になるという アタリマエのフシギに惹かれた 普段から 体の部分によって重さが異なることに疑問を抱いていた私は その均一という状態に強く羨望する 私という形の鋳型を取って 中身をこの機械に放り込み すっかり均一に撹拌してから流し入れ 一晩放置して固める 鋳型から取り出された素晴らしく均一な私は 素晴らしく均一な思考をし 素晴らしく均一な存在をするに違いない 絵を描く子どもの横で膝を抱える私 素晴らしく均一な感覚で全方位を捉える 完全な石 |
2006.09.01 Fri
喉がやたらと渇いて朝から冷たい物ばかり飲んでいる 飲めばかすかな痛みを伴って液体はしみ渡るのだが 潤う感覚はどれほども続かない コップ一杯の水をなるべく時間をかけて飲み 飲み終わる頃には次の渇きがかすかに始まっている あまり飲んでばかりいるので出る量も多い 昼近くなってトイレに立つ回数が増え 出るものは匂いもなくただ体の中を素通りした水のようだ 出てしまったことを確認するともう喉が渇いてたまらない 渇きの面積は喉だけでなくもっと奥へ 食道から胃の中へ広がっているような気がする 飲んでばかりで他のことができないので少し我慢してみたが 喉の渇きへの苛立ちばかりが私の思考を占領して結局何も手に付かない 眠ってしまえば忘れられるかもしれないと思ってベッドに倒れ込んだ途端 体の奥底にたまっていた水が一気に喉元まで逆流してきて驚いて身を起こした 自分がペットボトルになったような気がした 生温かい水の感覚が舌の奥に残る 胃液の混じったような臭いはなく ただ飲んだ時と変わらない水が体温で温められただけのようだ 今度は注意深く少しずつ体を倒してみる 下腹部にたまった液体が傾斜に従って体の中を昇ってくるのが分かる ベッドに肘をついたところで水の上端が鎖骨の辺りまで来て怖くなって体を戻した 座ったまま眠ることにした 壁にもたれ両脇にクッションを抱えて体が倒れないように固定した こんな姿勢で眠れるものだろうかと思ったが 朝からの自分の異変に追われて精神的にかなり参っていたらしく サイドテーブルに用意したグラスの水を半分ほど飲んだところでうとうとし始めたようだ どれくらい眠ったのか激しい渇きで目が覚めた 不自然な体勢で眠ったので体中が痛い もたれきった体を前屈みに起こそうともがくと 体の中でかすかに金属の擦れ合う音がした 沈み込むクッションに手をついてそろりと体をひねると 喉の奥からスチールの蛇腹のパイプを曲げるような軋みが聞こえて 体の深いところから空気がこみ上げた 喉元でそれが水ではないことを確認して口から解き放つ瞬間 鼻の奥に強い刺激を感じて思わず手で覆った 震えが止まらなくなった こみ上げたガスは 強いガソリンのにおいがした |
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