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空白の時
 2006.02.18 Sat
幼い頃私は、よく時が止まるのを感じた
時がよじれる
時の流れが途絶える
時に隙間があく
何と表現してもかまわない
あの一瞬の空白

それは必ず、家の一番奥にある階段を降りているときに起こった
特別な降り方をするわけではない
急ぎもせず、さほど注意深くでもなく
むしろわずかな緊張感さえ慣れにすっかりくるまれたときに限っていた

全部で14段、手摺はない
人が二人、何とか擦れ違える幅
私はいつもその両壁に手をついて
ちょっと身を支えるようにして降りてくる
気がつけば
物心ついてからずっと
いつも同じ降り方をしているようだ

そしてそれは降りてきた階段の
ちょうど半ばあたりで起こる

ふと
目の奥が緩んで視界がぼやけ
すべての音がはたりと止む
私は何時ものようにいつものところに手をついたまま
世界のものと一緒に静止する

1秒か
あるいは
百年か

それと気付くのはいつも縛が解けてから
はっと我に返った時の
得体の知れない生々しさ
怖くはない
ただ
今何かが起こったという確信が
私の中に残される
鳥肌が立つとか冷や汗が出るとかではなく
もっと体の芯のところで
私は何かを感じ取るのだ

さらに妙なことがあって
気付くと私はなぜか
ことが起こった高さから数段降りたところにいる
自分で降りたか
いや
手も足もあの瞬間から動かした覚えはない
いかに子どもの身が軽いとはいえ
左右の足を段違いに踏み
左手は肩の辺り
右手は斜め前の壁に突っ張ったままの前のめり
一段たりともそのまま我が身を降ろせるものか

それは永くながく繋がってきた鎖のひとつが
突然外れたような空虚な衝撃に
慌てて繋がり直したための掛け違え
そう思えば
私一人には深く合点がいった

立ちくらみだと母は笑ったが
私の中に残る
この確かな感覚
不思議なことの何一つ起こらなくなった日常からときおり抜け出して
あの空白の瞬間に戻ってみたい衝動が
時々私をせつなくさせる

                        初稿日不明





00:55:02 | 未分類 | コメント(0)
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